もしかしたらなんてない
でも、ないから
もしかしたらと思ってしまう
043:今は叶わぬ遠い夢
手順はいつも同じ。丈のある卜部を屈ませたルルーシュが唇を寄せてくる。黒の騎士団という反政府勢力を率いるのがこんな子供であることには驚いた。しかもその子供が閨の相手に卜部を指名した。目の前で紅く照る朱唇が毒々しいほど鮮やかなのに可憐だ。ルルーシュの美貌はありとあらゆる野卑や下劣を帳消しにする。ゼロというコードネームの彼は団体の構成員に素顔を明かしていない。結果として指定される寝台は団体の外であったり敷布さえなかったりする。卜部自身そうそう自分の階級を高く見積もっていない。言われれば従うだけだ。そういう性質なのだと思う。睦む相手の性別でたじろぐような上品な世界に生きていない。いつもどおりのキス。躊躇するのか舌を入れてこない。相手に俺を据えるところから躊躇してほしい。軍属出身として卜部の中で性交渉のハードルはかなり低い。軍属は神経をすり減らす任務が多い。性別の偏りも激しい。抜き身がぶら下がっているから男であるとは限らない。なンか、キス長いな。はぷはぷと子供のように甘く食んでくるルルーシュの紫苑が情欲に潤んでいる。指が触れる。胸をまさぐられて卜部が思わず震えた。律儀に服を脱がせる手順がない。襟を緩めようとするとその手を払われる。明らかに故意だった。着たまま?
卜部の怪訝が表情に出た。眉を寄せたのを見たルルーシュが千切るばかりの強さで卜部の脇腹を鷲掴んだ。筋肉の収縮で体を跳ね上がらせる卜部をルルーシュは乱暴に壁際へ押し付ける。のしかかるにはルルーシュの丈が足りない。
「おい…ッ」
文句や不満は桜唇に遮られる。今度こそいつもどおりに芳醇に潤んだ舌が入り込んでくる。優しく探る手つきの目的を悟った時は遅かった。灯った篝火が卜部の胎内をじわじわと熱していく。細い指がコリコリと胸の先端をなぶる。息を継ごうと離れたルルーシュの口元は嘲笑っている。殴りつけて立ち去ればいいと思うのに卜部にはそれを出来ない理由がある。嫌ならよすか? 戯れでしかない問い。卜部が顔をしかめてもルルーシュは上位の余裕で薄く笑む。
「お前たちのお姫様を取り返してやった恩を忘れてはいないな?」
終戦後の余波として残存していた卜部たちは藤堂という上官の奪還を依頼した。戦闘力の高い藤堂が放って置かれるわけもなく処刑日時まで決定していた。捕まっているだけならともかく殺されるとあっては卜部たちに形振り構っている余裕はなかった。一刻を争う対応が求められ、卜部たちは黒の騎士団の力を見込んで接触した。紡錘状の仮面をかぶったルルーシュはゼロと名乗った。同僚と同じ席で名乗った卜部にゼロが囁いた。ちょっとお前背中を向けろ。腕を上げろ。計測でもするような執拗なそれに応えてしまったのが間違いだった。お前の働き次第では格安にしてやる。明確な嘲弄を本気にはしなかった。冗談などではなかった。本当に卜部一人が呼び出された。どうする? 問われた条件を卜部が呑んだ。抵抗はなかった。背丈ばかりがある卜部は見くびられることも多かったからそれだと思った。見目麗しいわけでもなく庇護欲をそそるようななりでもない。常習化するとは思わなかった。
「咥えりゃいいのかよ」
卜部を無視してルルーシュはどかっと腰を下ろした。丁度よい高さがあるものだと思う。跪く卜部の眼前に靴先が突き出される。
「舐めろ」
「靴をか」
「馬鹿か? 靴なんか舐められたってオレはちっとも悦くない」
はやくしろよ。卜部の肩口が蹴り飛ばされる。卜部はのろのろとした動作でルルーシュの靴を脱がせた。布地を取り払った足先は爪まできちんと手入れがされている。先端へ向けて閉じるのは靴などを履いている時間が長いからだ。発光するような白い足先は日焼けと遠い生々しさを感じさせる。その爪先が卜部の唇をつつく。
「口を開けろ」
喉を鳴らして薄く開いたところへルルーシュは一気にねじ込んでくる。舌の奥にまで衝撃が及んで嘔吐いてしまう。それでもルルーシュは退いたりしない。卜部はふーふーと獣のように呼気を乱してなんとか舌を動かした。濡れた音をさせてしゃぶるのをルルーシュの美貌が恍惚として見下ろしている。吐き出した舌の上でルルーシュの爪先が濡れ光る。
「はぁ…ふ…ぅ…」
踝に手を添えて吐き出すのを防ぐ。ルルーシュは交渉の際に温情を見せない。気に食わなければ打擲を躊躇わない。その余波をどこへ及ぼせば効果的かも識っている。指の股まで舌を這わせてすすった。
「たまらない…」
ほぅ、と色を含んだ吐息が聞こえて卜部の口からルルーシュの足が退く。終わるわけもないのに口の中を解放されて気が緩む。瞬間にルルーシュの素足が卜部の脚の間を踏みにじった。
声を殺して慄える卜部は目を見開いて口元を引き結ぶ。
「舐めてて感じたか? 淫乱」
素足は固い靴底とは違う。柔らかく曲がる足先や踵がぐりぐりと卜部の脚の間を包むように潰す。割れた指の股を使ってしごくような真似までする。どうしてほしいんだ? 淫乱な猫。発情期か? 卜部がベルトを解く。留め具を外そうとする手が蹴り飛ばされる。
「おい誰が脱いでいいって言った。お前はオレに尽くすんだよ」
ルルーシュは自分勝手に刀身を剥き出しにする。卜部の蒼い髪を掴んで顔を脚の間へ埋めさせる。
「こっちも舐めろ。歯を立てるなよ。痛かったらお仕置きだ」
おとなしく口へ含む。口の中へ苦い味が広がる。ルルーシュの脚を掴んで顔を押し付け無理やり呑んだ。その間にもルルーシュの足が卜部の脚の間を転がす。
「すっかり勃ってるな。やっぱりお前は女だ」
うぐ、ぅぶ、と声とも音ともつかないものが漏れた。呑み込もうとする蜜が口から溢れて頤を汚す。情けなさに涙が浮かぶ。不意に脈打つような蠢きが口にあふれた。呑み、こむ。瞬間に喉奥めがけて熱い奔流が注がれた。
「――げ、は……ッご、ほ」
口の中身をぶちまけて咳き込む卜部の方をルルーシュが押す。裸足の生白い。息苦しさに眇めた目縁から涙がこぼれた。
「まあまあだな。呑み込もうとしたところは評価してやる」
お前も一度出したらどうだ? 音がすると思うほど脚の間を踏まれた。小刻みに揺すられる。ほらほら、オレが優しいぞ? 素直に出せ。ば、か、まだ、ふく。ゾクゾクとした震えが卜部の背筋を駆けのぼる。
「頭が悪いな」
見下ろす紫苑が冷たく凍える。口元をだらしなく汚した卜部にルルーシュは冷酷と愉悦に満ちた美貌を向ける。
「漏らせば?」
「ぅん…――」
ルルーシュの体が完全に別離する。卜部が慄えるのをルルーシュは愉しげに見下ろす。卜部を屈服させるときのルルーシュはゼロであるときと解離する。計画的に相手を追い詰める手腕は似ているのにルルーシュは感情的だ。引きずり下ろされたズボンは膝のあたりでわだかまり、襟を裂かれた上着は肩や腕に引っかかる。脱がせきらないのが今日のルルーシュの目的であるらしい。満足気に頬を薔薇色にして卜部を見下ろしてくる。それは自分の作品の完成に満足しているそれだ。
「想像通りだ。お前はやっぱり色っぽい」
泣き声も好きだ。お前の声は独特でイイな。喜ぶことも出来ない。卜部はルルーシュから逃げるように硬い壁へ頬を擦りつけた。地面に飛散する白濁は卜部の内股まで濡らす。肩を動かす呼吸にすがる。
「馬鹿な女。お前が大好きな藤堂姫様は臣下の朝比奈と寝てるぞ?」
驚くことでもない。同僚の朝比奈の藤堂への執着度合いは卜部だって識っている。藤堂の捕縛を知った時真っ先に飛び出そうとするのを抑えた。上司というより恋人の扱いなのだ。だがそれをルルーシュに言う気はない。四聖剣と藤堂の内々の問題だ。新興勢力に内情を明かす気はない。力を借りることと内情を明かすことは別物だ。黙る卜部の口元を熱心に見つめてくるルルーシュはふぅンといった。
「やっぱりお前はイイ女だ」
ルルーシュの口元が裂ける。柘榴の割れ目のように紅い果肉があらわになる。いい女、馬鹿な女。
「好きな女のために陰ながら犠牲になるなんて。そういうの馬鹿っていうんだ」
卜部の肩が震えた。何か言おうと口元が動く。その壁にルルーシュの裸足ががんと蹴りつけられた。裸足のせいか打ち付けたところが赤らんだ。目線を胡乱に投げた。すぐに伏せるのをルルーシュがとがめない。
「オレはお前みたいな女が大好きだ」
肩をすくめる気力もない。卜部の体はありとあらゆる侵蝕と搾取で疲労していた。お前、藤堂が好きか? 返事をしない。外された目線は伏せがちだ。真正面から見据える気がない。びりびりとした交渉の余韻に震えながら卜部は白く染まった思考を働かせようとしていた。ようやく目線を上げればルルーシュはその薄くて幼い背を向けて身支度を整えている。
「お前の恋路のためにオレが朝比奈を退けてやろうか?」
気休めだ。ルルーシュにその気はない。何度も体を重ねてそのくらいの見分けはつくようになった。
「気もねぇのに言うな」
「心外だ。オレはいつも巧雪のことを一番に考えているのに?」
嫋やかな指先が桜唇を拭う。振り向く動作や仕草のいちいちが優美だ。友好とはいえないと思うのに魅入ってしまう自分に嫌気を感じることさえ少なくなった。卜部の中でルルーシュへの反応は摩滅している。ルルーシュが戯れに発したのは卜部は女だということだけだった。いい女。馬鹿な女。結びの言葉はいつも同じだ。意味を訊いたことはない。訊いたところでわからない。気怠い目線を投げた先でルルーシュの口が裂ける。可憐な桜唇の奥の紅い果肉は禍々しい。
「あいしてるぞ、こうせつ」
嘲弄に満ちた笑みの歪を感じながら指摘は出来ない。そういう、道ならぬ恋に灼かれているお前はすごくいい。欲情する。
体を起こそうとする卜部は蹴られた。裸足であるから痛みはあまりないが事実の衝撃の方が大きい。年端もゆかぬ相手に足蹴にされている。
「藤堂が好きか」
否とも応とも答えない。ルルーシュのこの問いは初めてではない。真っ正直に答えて卜部は粉砕された。膝を折られ頭を地面へ押し付けられる屈辱だった。それから卜部は砕かれても反応しない。砕かれた破片を拾おうとして蹴られるなら拾わない。破片が砂礫になって流れていくのを黙って見ている。
「好きなのか」
応えはない。好きでも嫌いでも卜部がされる仕打ちは決まっている。
「言い直そう。――まだ、藤堂が好きか?」
卜部の小振りな茶水晶がきょろりと動いてルルーシュを見上げた。だらしなく寝乱れ、情交の後の生々しさがルルーシュの脳髄で艶めかしく映る。ルルーシュの肌が次第に興奮で赤くなっていくのを卜部は冷えた目線で眺めた。藤堂もこういう性質だった。情交後にばったり鉢合わせた藤堂は卜部のなりを見て顔を真赤にして押し黙ってしまった。普段から考えられないような弱い声で短く謝る。あぁ、くそ、なんで。こういう奴は嫌いじゃないってなんで。殴られたり蹴られたり蔑まれたり。
もう何も感じないと決めたのに
揺らぐ。
眼球がピリッと痛む。瞬いた拍子に眦から涙があふれた。温い雫が頬を濡らす。鼻づまりも嗚咽もない。涙だけが止まらなかった。
ルルーシュが照れたように頬を赤らめ怒ったように顔をしかめる。
「お前みたいな女をオレが放っておける訳ない」
ふわりと柔らかいのはルルーシュの両手。頬を包まれ唇が重なっていた。汚泥に膝をつきながらルルーシュのキスは優しい。
「ばか」
困ったようなその顔が。
――藤堂と重なる、なんて
藤堂が俺を抱いてくれていたら、俺は。
《了》